我が闘争(抄訳)
『我が闘争(抄訳)』の全文仏蘭西強力化への恐怖
事態は遂に英国の思う壺に嵌った。欧州大戦は、ドイツの革命と共に終りを告げ、ドイツ帝国はその内部から大音響を立てて瓦解してしまった。最早英国はドイツを怖れる必要を持たなくなった。
しかし、この四年半に亘る戦争の後に英国は刻々とその目的を達し得たと見えたが、吻と息をつく間もなく思いがけない新勢力の台頭に、再び神経を尖がさなければならなくなった。ドイツが完全に破壊された―そのことは一夜の中にフランスを欧州大陸に於ける一大勢力たらしめたのである。結局英国は四年半の悪戦苦闘から何物をも獲得出来ないと云うような失敗を演じてしまったのである。
今少しこれを具体的に云うならば、戦後に於けるフランスの勢力は、戦前に於けるドイツのそれよりも遥みに大きなものに生長した。
一九一四年頃のドイツは、どちらかと云えば多少窒息状態だったのである。即ち東にロシア、西にフランスを加え、北方英国と闘うためには、ドイツの海岸線は余りに短すぎた。然るに今日のフランスは之と全然反対である。今やこの国は、最も大きな脅威であったドイツとの国境に、何の不安をも持たなかったし、他の国境は弱国スペインと、南方に於ては僅にイタリアと接しているに過ぎない。しかもその海岸線は英本土をも、またその重要な植民地をも、常に脅かし得る長大なものを持っている。何と云っても英国にとっては、このフランスの強力化は、単に邪魔なと云う程度のものではなく寧ろ恐怖に近いものであった。
英国は欧州本土をバルカンの如く弱小国に分割して、弱体化即ちバルカン化することを年来の希望とし政策として来ている。それと同時にフランスは、欧州に於ける覇権を目ざして、ドイツそのものをバルカン化することに眼目を置いていた。要するにこの両国の目標は、今や完全に対処的な立場を持つに至ったのである。
英独同盟のチャンス
この点を我々は見逃してはならぬ。今日英国は、これ以上ドイツが崩壊することを見たくない気持になっている。というよりも、出来得ればフランスの勢力と拮抗出来るところまで、ドイツの国力が回復することを私かに希望している。
このことから推論して、ドイツが今若し同盟国を求めるとしたら、イギリスを措いて他になしと断ずるものである。
「同盟」の真の意義を知る者にとっては、この断言は決して唐突でも不合理でもないことを知るであろう。何故なれば、国と国とが結合するのは、共同の利益、即ち征服に依る勢力の相互増進という唯一の目的のためにのみなされなければならぬからである。
国家が同盟を結ぶのは、相手国への「愛」などというセンチメンタルなものからではない。ただ利益を期待することに依ってのみ結ばれる。如何なる場合に於てもドイツ人はドイツ人があるが如く、イギリス人はイギリス人であり、アメリカ人はアメリカ人なのである。
嘗て敵同志であった国が永久に敵である必要はない。同様に昨日までの見方も今日は敵になる場合もある。ドイツは英国と戦ったけれども、英国の利益とドイツの利益とが一致し、このことのために強力出来得るとしたら、お互いにその目的のために同盟を結ぶことは少しも不自然ではない。
勿論斯うした同盟は、そう永くは続かないかも知れない。共同の目的が達せられれば、それで同盟は解かれるかも知れない。或はまた正反対の事情に変化することがあるかも知れない。しかし同盟の目的と意義がそこにある限り、生れて来る事情に依る変化は已むを得ないものである。何れにしれも達見を有する外交家は、或る時期に於て、自らの利益のために共同の道を歩まなければならない外国の指導者を見付け出すことは比較的容易である。
そこで私は次のような質問を提出する。
即ち今、ドイツが仮に完全に抹殺されて了い、之に取って代ってフランスが強大国となるのを好まないのは、一体どの国であるか?
仏蘭西は永遠の敵
このことについて私は、ここに一つのことを明らかにしておく必要を感ずる。
それは、フランスこそはドイツにとって、永遠の敵であるということだ。永遠に変らざる敵国フランス!このことは銘記しなければならない。
フランスの支配者が誰になろうと、如何なる主義の政府が樹立されようと、この国がドイツに対する政策は常に一定不変である。即ち鉄と石炭に恵まれたライン・ランドを領有することと、ドイツを無組織の分裂状態に置いて弱体化させることに依り、自国の国境を安泰ならしめようとすることが、如何なる場合に於ても考えられているものと思わなければならない。
イギリスは、ドイツが欧州の支配者となることを好まないが、フランスはドイツの存在を喜ばないのである。同じように見えてもその根本には千里の径庭がある。
之に対し現在のドイツは如何?我々は世界の覇者たるを望んでいるのではない。我々はドイツ人のドイツを建設するために闘っているのである。
この真意から云って、我々が今日求め得る同盟国は只二つしかない。それはイギリスと、今一つイタリアを挙げることが出来る。