『我が闘争(抄訳)』の全文
天涯の孤児
やっと自分の希望が天下晴れて叶えられるという喜びに、胸を踊らせた間も二年とは続かなかった。父が急死してから二年足らずの月日が過ぎ去った時、母も亦死の手に招き寄せられてしまったのである。尊敬する父の死も大きな衝撃ではあったが、それにもまして、愛する母の死は大きな打撃であった。
母の死は今迄の楽しい希望や、理想を一瞬にして掻き攫って行った。今や私は天涯の孤児となってしまったのだ。それ迄と雖も父の死後余り余裕のある生活ではなかったのが、孤児となっては尚更貧窮に直面するの余儀なきに至った。僅かばかりの遺産と孤児年金では、到底生活して行くことが出来なかった。私は母の死を十分に悲しんでいる暇もなく、パンのために働かねばならなくなった。
そこで私は決心して、首都ウィーンへ出ることになった。敢然として自らの道を開拓し、勝利の運命を戦い取ろうとしてランバッハを後にした私の荷物は、極めて小さなものであったが、私の心の中には鉄石よりも重く大きい決意が横たえられていた。
ウィーンに果してどんな運命が待っているかは神のみの知ることである。ただ私は、そこに私の生き得る道が何本か待っているような気がした。ウィーンへ行きさえすればどうにかなると思った。否どうにかするために、是非共ウィーンへ行かなければならぬと思ったのであった。