我が闘争(抄訳)
『我が闘争(抄訳)』の全文ナチ運動への進軍
必要欠くべからざる階級
一つの大改革運動の遂行される場合には、指導者がただ一人であるにも拘らず、之を支持し応援する人々が数百万にも上るといふことが屡々である。
或る目標が多数の人々に依って熱望されて、それが数十年或は数百年間燃え続けている中、その熱烈な欲求を誘導して、最後の勝利をかち得る方法を心得た一人物が指導者として蹶起するものである。今ドイツの現状を政治の方面から観ると、国民大衆が一九一八年当時同様、はっきり二つの派に分かれていることが判る。
その一つは所謂知識階級である。この類に属する人々は、一見したところ凡て国家主義者のやうに見える。しかしよくよく解剖してみると、彼等の国家主義は極めて基礎が薄弱であり、要素が稀薄である。何故かと云うに、彼等のその観念は知性即ち頭で獲得したものであるからだ。換言すれば、彼等が国家主義を支持する唯一に武器は「知性」だけである。知性を敢えて蔑視する訳ではない。しかしこの武器は、若し野蛮な力の襲撃を受けたならば全く無力である。嘗ては之等の人々が政治の支配権を握り、国民を指導していた時代があった。しかし現在では最早それは無残に打壊されて、怯懦と恐怖に戦き乍ら、徒に野獣的支配者の蹂躪に任せてしまっている。
この少数の知識階級に対して、絶対多数を占める地位のものは、所謂プロレタリア大衆である。マルクス主義者は抜かりなくここに眼をつけて、この大衆の力の反国家的に団結させることに、着々効を奏しつつある。しかし彼等が反国家的であることの問題は暫く措くとして、この階級の中には、ドイツが再興し、ドイツ国民が復活するために、必要欠くべからざるものが含まれていることを忘れてはならぬ。