『我が闘争（抄訳）』の全文
革命の前夜
このことは私の心に深い傷手を与えた。彼等がバヴアリア人とプロシヤ人とを争わせようとすることは、この争いによって人々の注意や非難がそちらに集中され、元凶であるユダヤ人への攻撃を転化させるためのものであることがよく分っていた。今にユダヤ人はこの仲間喧嘩の裏で、すっかりドイツ人から一切を奪い、系統的、組織的に革命の歩を進めて、ドイツを滅亡させるに違いない、と思われた。
何としても之は私に正視出来ない悲しい事実であった。とは云え当時の私には未だこの陰謀を破壊すべき何等の力もなかった。ただ残されている唯一つの途は、再び戦線に立って、祖国の敗北と破壊とを防止することよりなかった。そこでミュンヘンに帰るや間もなく戦線復帰を願い出た。許可は直ちに与えられた。私は見たくもない程汚らわしい世界に背中を見せて、勇躍戦地へ二度目の出発をしたのである。時に一九一七年七月の初旬であった。
炸裂する砲弾は私に再び新しい元気と勇気とを喚び戻した。第一線は案じた程悄気てはいなかったドイツ軍は依然として健全であり、絶対的に連合軍を圧迫していた。最早最後の勝利は間近にあると思えた。
然るにここに思いがけない一大不祥事が突発したのである。国内の軍需工場が一斉にストライキを起したと云うのだ。之は正に一大事であった。若しこのストライキが成功したなれば、その反対に我我の攻撃は敗北を招かねばならなかったからだ。肝心の軍需品の供給を断たれかけたドイツ軍の攻撃はここで一時中断されるの已むなきに至った。今一息で叩きつぶされる運命にあった連合軍は、この突発事件のために危く虎口を逃れたのである。
このストライキが継続したなれば、後日を待たずして、その時既にドイツは白旗を掲げねばならなかったろう。幸いにもこのストライキは間もなく解決された。再び我々の攻撃は開始されることになった。しかしこのストライキの敵味方に与えた影響は、計り知られざるものがあった。銃後の後援に大きな罅の入っていることをまざまざと見せつけられた兵士の士気は、次第に衰えて行くことは極めて自然のことでしかない。その反対に、今迄偉大にして不屈なるドイツ軍の攻撃の前に、連戦連敗支離滅裂、全く希望なき戦闘を繰返すに過ぎなかった連合軍の士気は、急に活を入れられたように立直って来たのである。銃後に革命が起きつつある！これ程我々にとって致命的な傷手があり得るだろうか。
英、仏、米の各新聞は、得たりかしこしとして、この事実を取り上げたばかりか、それは事実以上に大きく報導されて、萎えきっていた国内の民心にパッと光明を投げた。前線の兵士達には、時を移さず「ドイツには革命が起きつつある。勝利は既に確実に連合国側のものである」という激励が加えられた。ここに勝敗の逆転の気配を見せんとしていた。
それでも前線の兵士は「ドイツよ！凡ての上に」を歌いながら、勇敢に戦い続けた。しかし之に和すべき筈の銃後の万歳は、何と「普通選挙万歳」だったのである。エーベルト、シャイデマン、バルト、リーブクネヒトなどというユダヤ人の兵役回避者共が、いつの間にか将兵の上に立って命令を発するようになっていた。兵士達はこの新しい支配者共の、新しい戦争目的を、ただ不可解な眼をしばたたいて聞くのみであった。
だが、私の態度や考えは既に最初から一貫していた。私はドイツの民衆を裏切った之等の悪漢共の心中に、祖国愛の片らもないことをよく知っていた。彼等は只彼等の利益のみを考える豺狼である。彼等の利益のために、実に巧みに民衆を犠牲にしようとしている吸血鬼であった。
最初から戦線に立っている将兵には、この間の消息は大方分っていた。しかし後に増援隊として派遣されて来た若き兵士共の考えは、既に我々と相当の隔たりのあるものだった。従って増援隊は却ってドイツ軍の戦闘力を弱める結果を招いたようなものである。
けれども戦争は依然としてドイツ軍の強さを証明していた。こんなに士気が衰えかけていながら、まだ連合軍の攻撃を充分支えたのみか、幾度か攻勢を取って、一旦喪った陣地をも、次から次へと奪い返した。
私は今度もフランダースの野で戦っていた。正面の敵はイギリス軍であった。押したり押し返されたりの激戦が世に日を継いで繰返された。
一九一七年七月、私達は嘗て我々が若き義勇兵として戦い、幾多の戦友を失った神聖なる土地を奪守することが出来た。之に対してイギリス軍は絶えず熾烈な鉄砲火を浴びせて来ながら、後年戦史に大きく残されたフランダース総攻撃の準備をしていたらしかった。
一九一七年七月三十一日、果然イギリス軍の総攻撃は開始された。この総攻撃こそは、両軍共全く死者狂いの凄惨な戦いであった。我々は砲弾の穴や僅かの地物に身を隠したまま、勇敢に戦って一歩も譲らなかった。八月の始め、我々の部隊は後方からの救援を受けて後退した。しかしながらイギリス軍が莫大な犠牲を払って進出し得た地点は、双方の砲弾に蜂の巣のように穴を明けられた僅か数百ヤードに過ぎなかった。
