我が闘争(抄訳)
『我が闘争(抄訳)』の全文前世界大戦
何故百年前に生れなかったろう
青年時代の私にとって、何が一番憂鬱だったかと言えば、商人や官吏にのみ成功や栄達の道が開かれていて、それ以外の道は殆んど塞がれていることであった。こんな平凡な、穏か過ぎる時代に生れて来なかったろうと、天を怨むような気持にもされた。その頃なれば、人間はピチピチ生きていた。「解放」を目ざしてあちらでもこちらでも勇壮な戦争が行われていた。即ち人間が、商買や官吏以外の大きな価値を持っていた時代である。そんな時代に生れ合せていたなれば、今日のような無為にして、平穏な日々を呪わずにも済むし、力一杯の仕事が出来るであろうのにと、屡々考えたり残念がったりした。
私は常に少年時代から、決して平和主義者ではなかった。これは私の持って生れた天与の性格である。そのため、私を充分に理解しない者や、私の性格を危なく思う者達が、今迄にも幾度か私を平和主義へ引入れようとしたけれども、勿論誰一人としてそれに成功するものはなかった。
南阿戦争(注——一八九七年南アフリカ共和国及びオレンジ自由国が、英国の侵略に反抗して起した戦争。一九〇二年に講和成り、爾来両国は英国の植民地となった)が勃発した時には、私の血は驚く程の熱さで湧き上がった。英国という大きな力に対して雄々しくも反抗するこの未開国の英雄達に、限りない共鳴を覚えた。それは随分かけ離れた土地で行われている戦争ではあったが、そんなことは私の感激とは何の関係もないことだった。私は毎日の新聞を、まるで飢えた者のように読んでは、この英雄達の勝利を祝ったものである。