我が闘争(抄訳)
『我が闘争(抄訳)』の全文経済征服への過信
とまれドイツの為政者達が「経済征服」を考え且つ実行したということは大きな過誤であった。然し非凡な達見がない限りこの政策の誤りであることに見透しをつけ得る者は稀であった。と云うのはドイツの産業界は、その卓越した種々の発明と相待って、素晴らしい発展振りだったからである。正に隆々たるものであった。この有様を見ては、誰しも外国を後えに敷いて、貿易船の優勝旗を獲得出来ると信じるのは無理からぬことであった。
しかし、このことは国家を一つの経済機関なりとする概念を生ましめる結果となったのである。国家は経済の法則と利益とに支配せられるものであるという概念が現われ始めたことである。ここにこの政策の重大な誤りが芽を吹いたのだ。
一体国家とはそも何物であろうか。
それは決して経済状態や経済発展という特別な概念に依って作り上げられたり支配されたりする性質のものではない。即ち国家は商人や商業団体や産業家などの集まりではない。決して算盤から弾き出されたものではない。それは精神的にも肉体的にも平等な人間が、その種族の発展を唯一の目的として結合したところの、混然たる一共同体である。これが国家であり、国家の進む道であり、国家の目的である。経済とは単にその行進を助けるための、一附加物に過ぎない。従って良き国家、強力な国家とは、その共同体の目的のために喜んで自分を犠牲に出来る個人の数が多数に存する国家である。
世界大戦が始まって、英国が之に参戦する時の宣言は何であったか。怜悧な英国の指導者たちは、「英国は自由のために戦う」ことを高言した。単に自国民だけの自由のためのみでなく、弱小諸国の自由をも獲得してやるために戦うと宣言した。然るにドイツはどうであったか。ドイツの指導者は「パンのために、パンを獲得するために戦う」ことを云い聞かせたのである。自由とおあん、之は何としても芝居にもならぬ段違いの取組ではなかったか。
その内実は兎も角として、人類の自由のために戦うということには、大衆の心を捉えるに足るだけの立派な、何となし崇高気な理想が匂わされていた。しかしおあんのために戦うことは、よしんばこれが真実であっても、余りに曲のない鞭撻方法ではなかったか。パンのためにとは、要するに経済的な利益のためにということである。人間が経済的な利益のために戦うとなったとすれば、果して死を見ること着するが如としの気持になり得るかどうか。否、これは望む方が無理な話である。何となれば勝利が齎された暁での、利益の分配には預かれないからだ。従って当然、戦う者もなるべく死なないように、巧みに死を回避して要領よく立回る結果になる。この重大な人情を我々の政治家は理解することが出来なかった。
再び云うが、国家は決して平和的な経済なんかで維持出来るものではない。それは常に民族保持の本能に依って、或いは又英雄的行いや策略に依ってのみ保持され、建設されて行くものなのである。