『我が闘争(抄訳)』の全文
マルクス主義への接触
私は一七歳になるまで「マルクス主義」については殆んど何も聞いたことがなかった。そしてただ漠然と、社会主義も民主主義も同じようなものだと考えていた。その時期までに社会民主党のことだけは知っていた。というのは、この党の大衆集会に二三回出席したことがあったからである。しかしながらそれだけの接触で、党の綱領や主義、或は党員の精神状態等に対して、格別深い知識を得たというわけではなかった。が軈て私は、急速にこの種類の人々と接近し、いろんなことを聞くに従って社会民主主義こそは、人類愛や社会道徳の美しい仮面をつけた、怖るべき悪疫であることに気がついた。この悪疫は、このまま放置しておいたら、怖らく世界の全人類を破壊に導く魔力を持っているものであることを発見したのである。
始めてこの社会民主主義者達に会ったのは私が或る建築業に傭われて働いていた時のことである。そこに一緒に働いていた同僚からこの党のことを聞かされ、組合に加入してはどうかという勧誘を受けた。しかし私は、その組合のことについては全然何も知るところがなかったので、充分研究する必要があるから、その研究が終わるまで返答を待って貰いたいと申入れた。それではと云うので彼等は数日の間待つことを約束したのである。
私の研究は二週間かかった。私は昼休みの時間を、パンと牛乳で昼食をしたためながら、彼等の交交語る話に耳を傾けた。要するに彼等はあらゆるものを否定し、あらゆるものに反対することに依って、自分達の活る道があると思い込んでいるらしかった。結局私は、彼等がやっている仕事には、何一つ心を打ち、心を動かされるものゝないことを知った。どんな方法と力とが私に加えられたにしても、私をして彼等と一緒に行動させることは不可能なる事をはっきりと認識するに至ったのである。