『我が闘争(抄訳)』の全文
大きな問題への眼覚め
私の社会問題に対する興味は、斯様にして次第に眼覚めて来た。このことを自覚した私は、時を移さずこれを徹底的に研究し始めたのである。それと併行して、次第に未知の世界が、私の眼前にその姿を現わして来たのであった。
いい按配に、一九〇九年から一〇年頃になると、私の生活からそれ迄のようなひどい欠乏が退却を始めた。私は小さいながら独立して、製図家や水彩画家として働き得るようになった。素よりそれらの収入は決して潤沢なものではなかったが、パンのみに追い廻されていた過去とは違って、次第に自分自身の時間を持てるようになって来た。私は盛んに読書し、且つ盛んに自分自身の考えに没頭するようになった。また適当に隙を作っては、音楽や芸術のことも学び、遠からずして建築家になってみせるという理想に益々磨きをかけることを忘れなかった。
政治に関する興味は、私に旺んな政治的知識欲を起させた。私はこの興味をあらゆるインテリの普通の義務であると思っていた。従って私は政治問題に関する書物をも熱心に読み、且つ研究した。
斯ういうと私は、いろんな知識を得たいために、手当り次第に書物の捕虜となったように思われるかも知れないが、決してそうではない。真の読書法を心得ている者は、そんな非組織的な読み方が、只徒らに混乱を招く愚しさをよく知っているからだ。真の読書家は、如何なる書物であれ、それが自分の目的に役立つか、または知って置く価値があるかどうかに依って、自分に役立つと思うものだけを撰択する方法を知っている。そしてその方法だけが読書に依って自己に何物かを齎すものであってそれ以外の読書法は殆んど無価値である。