『アウシュヴィッツの争点』(19)

ユダヤ民族3000年の悲劇の歴史を真に解決させるために

電網木村書店 Web無料公開 2000.6.2

第1部:解放50年式典が分裂した背景

第2章:「動機」「凶器」「現場」の説明は矛盾だらけ 1

「強制収容所」にはなぜ「死亡率低下」が要求されたのか

「ホロコースト」物語は、いうまでもなく第二次世界大戦中に語られはじめた。

「火のないところに煙は立たない」という日本のことわざがあるが、「ホロコースト」にはいくつかの火元の事実があった。すくなくとも、ナチ党がゲルマン民族優秀説に立ち、ユダヤ人敵視政策をとっていたのは、文書にも明記された公然の事実だった。ユダヤ人にたいする暴行の数々も事実だった。「強制収容所」におくりこんだのも事実だった。ここまでの事実は外国にもかなりくわしくつたわっていた。それらの事実にくわえて、さまざまな噂がながれていた。

「ホロコースト」物語の舞台は「強制収容所」であるから、まずこの全体像から吟味をはじめよう。

 本書では「ことだまのさきはうくにニッポン」の習慣どおりの意訳で「強制収容所」、または省略してたんに「収容所」としるすが、ドイツ語の「コンツェントラチオンスラーゲル」の原意はたんに「集中宿舎」である。手元の独和辞典のこの項の日本語は意訳で「政治犯人(捕虜)収容所、(ナチスの)強制収容所」となっているが、英語では原意どおりに「コンセントレーション・キャンプ」、つまり「集中キャンプ」と訳している。本書の執筆中には、キューバからアメリカをめざす難民を、アメリカがキューバから借りたままのグアンタナモ基地に収容するという、クリントン政権の方針が発表された。米軍放送を聞いていると、これも「コンセントレーション・キャンプ」だった。キューバの難民は自由意思で出国しているわけだから、これを「強制収容所」と訳すのは無理だろう。

 ちょっと考えるだけですぐわかることだが、ナチス・ドイツ自身がみずから「強制収容所」という表現をするはずはないのだ。わたしには「強制収容」を否定する気がないし、「ネオナチかぶれ」と一緒にされても困るから、この件ではやむなく習慣にしたがって、「強制収容所」ともしるす。だが、当のナチス・ドイツの意図を正確に理解するためには、原意をも確認しておくべきだと思う。

 では、ナチス・ドイツにおける「集中宿舎」または「強制収容所」の主目的はいったい何だったのだろうか。ユダヤ人排撃とか、ゲルマン民族浄化とかの、政権維持のための国内的政策面の目的については、どこからも異論はでないだろう。そのさきの主目的の解釈をめぐって、物語のながれがちがってくる。

 わたしの解釈では「強制収容所」はまず第一に、日本式の「タコ部屋」と同質のものである。

 日本は当時、朝鮮や満州、中国大陸から東南アジア、オセアニア一帯にかけて、「ロームシャ」(労務者)の強制労働による生産力増強をはかった。ドイツは当時、日本とおなじような国家総動員体制で世界戦争をたたかっていたが、第一次大戦でまけたために旧植民地をうしなっていた。それらの旧植民地の中には、日本がもっぱらその目的のために便乗して参戦し、ドイツからうばった青島(チンタオ)やオセアニアの島々もふくまれていた。つまりドイツには開戦当時、日本が活用していたような人的資源の供給地がなかった。それにかわるものが、政治犯や数百万人のユダヤ人、捕虜、あらたな征服地の住民だった。事実、アウシュヴィッツは巨大な軍需工場だったし、最初の収容者は現地のポーランド人だった。

 アウシュヴィッツの軍需工場としての性格については、『二〇世紀の大嘘』にくわしい分析がある。ドイツは、イギリスによる経済封鎖でくるしんだ第一次世界大戦の経験をふまえて、「経済自立国家」をめざしていた。経済的な自給自足のためにとくに独自確保が必要だったのは、合成石油と合成ゴムであった。石炭からつくる合成石油の技術は完成していたが、合成ゴムは開発途上だった。アウシュヴィッツの収容所群は、この両者の生産、開発への人的資源確保を中心課題としていた。

 写真(7:Web公開では省略)は、アウシュヴィッツ=ビルケナウ複合収容所の労働力で操業していたI・G・ファルベンの工場である。この写真はアウシュヴィッツ博物館にも展示してある。

 軍需工場の「労働力」としての面から見ると、ナチス・ドイツは総力をかたむけて収容者の増加に努力している。「歴史見直し研究所」発行のリーフレット、『アウシュヴィッツ・神話と事実』では当局記録にもとづいて、最高責任者だった親衛隊総司令官ヒムラーが何度もきびしく「死亡率低下」を命令した有様を要約紹介している。ホェスの「告白」はさまざまな矛盾にみちているが、この「絶滅説」と相反するヒムラーの命令をも各所でしるしている。

 日本の研究者でも大野英二がその実証的な労作、『ナチズムと「ユダヤ人問題」』の中で、「戦争経済の再編成のさなかで最も焦眉の問題となった労働政策」を「労働総監ザウケル」がいかに遂行したかを、克明にまとめている。「ヒトラーは婦人労働の動員に反対し続けた」などという記述もある。日本の女子中学生の勤労動員などと比較しながら読むと、なるほど、なるほどと実感がわいてくる。ただし、大野はまだ「絶滅説」に疑いをいだいていない。その部分の実証はよわいし、きわめて唐突になっている。

 第二の役割は、ユダヤ人の「東方移送」にむけての中継基地である。これも政治的に重要な役割だが、それはのちにのべる。


(20)「ヒトラーにたいする宣戦布告」を発表したユダヤ人国際組織